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栗の気持ちを考える

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“マインドフルネス”と言う自己管理手法(だと思う)があります。
スティーブ・ジョブズがやっていたり大企業が幹部社員向けに導入したり、
NHKスペシャルで特集が組まれたりと、
国内でも知られるようになってきています。
自分なりの解釈で大雑把に書くと“マインドフルネス”とは、
「瞑想を用いて悩みやストレスを解消する手法」ですね。

でも“マインド”と付いている時点で何だか危うさを感じます。
上手く用いればストレスは解消出来るでしょうが、
ネガティブな思考をされる方々はマイナス面を増幅させてしまいかねません。
社会的地位が高い方々が導入されている・・・ということは、
最初からメンタル的に強靭な人向けの手法なのかなとも思えます。

瞑想とは本来は「選別と受容と解放の繰り返し」で心を落ち着ける手法だと思います。
悩みやストレスを一つづつ切り出して(選別)、
問題が存在していることを認識し(受容)、
その要因を解決(解放)して行きます。

けれども「切り出し(選別)」が上手く行かないと混乱を招きます。
「認識(受容)」がしっかりできないと解決には向かえません。
「解決(解放)」が上手くできないと「問題」ばかりが増殖します。
不安に負けて自己統制が出来なくなると瞑想が妄想化し、
思考が暴走している状態になります。
全くセルフコントロールが出来ていませんね。

「栗の気持ちを考える」なんてテーマが与えられるのは、
対象に対して思考を集中するトレーニングの第一歩なのでしょうかね。
なんでそんなことをするかと言うと、
思考がブレなくするためですかね。
目的は「自身の心(思考)をコントロールする力をつけること」です。

そして「選別と受容と解放」をきちんと意識的に行うこと。
「なんで」を確実に解消して拘りを捨て去ること。
そこでは事実を隠すことも否定する必要も無いのだろうと思います。
隠蔽は執着につながるし、
受容と解放とはある意味諦めること?

  1. 2017/12/16(Sat) 07:29:30|
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