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since 2003/01/18

子を持って知る親のエゴ

Raffaels_Angels_02.jpg

「家族には心が許せる」とか「家族しか心許せない」なんて言う人が居ますが、
果たしてそうなんでしょうか?
僕は家族ほど心が許せない存在は無いと思っています。
少なくとも僕にとっては自分の両親はそうでした。
小学生の時にはもう自分の親は信頼に値しない人達だって見限ってましたね・・・。

それは40年経った今でも変わってません。
「子を持って知る親心(親の恩)」なんてことわざがありますが、
僕の場合は「子を持って知る親のエゴ」ですね。
僕は尊敬する人に「親」と書ける人がとにかく信じられない子供時代でした。
軽蔑する人だったら迷わず「両親」と書いたでしょうが。

だから僕は最低でもチビを裏切ることはしたくないです。
自分がされて嫌だった事をしちゃったら人間として最低ですし。
別に好かれようとは思ってませんが、
自分を裏切ってる人間とは思われたくは無いので。

日本の憲法にある基本的人権は「個人」を想定していますよね。
この「個人」には当然に「子供」も含まれます。
子供だから親の言いなりにならなきゃなんてコトは規定されていません。
子供は自分の意思に基づいて親の判断に従わないと言う基本的人権を有しています。

僕は家族って社会だと思っています。
互いの遠慮や気遣いや我慢での微妙なバランスで維持されてるコミュニティーであり、
血縁者と言うだけの「他人」がたまたま同居して「家族」を演じてるだけであって。
俗に言う「家族ゲーム」ってのですか?

かつての「家長制」の家族なら判るんですよ。
家長が絶対で他の家族は家長に従うって構図でしたから。
でも今の時代は「個人の権利」を尊重することになってます。
そうなると経済的メリット以外の家庭なんてのはもはや成り立たない。
それを「普通」とするのはおかしいですよね。

  1. 2015/02/23(Mon) 00:04:21|
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  3. | コメント:2
  4. | Edit
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Comment (Thanks!)

嫌でも

心が許せないっていうのと、他人の集まりってまた違うと思うんですよね。
側にいても離れてても、例え嫌でも運命共同体なんじゃないかと思います。
  1. |
  2. 2015/02/23(Mon) 19:14

運命共同体?

> harakoさん
そんな風に思えるのはまだまだ離れてないんですよ。
運命共同体なんて有り得ないですね。
何度実行に移そうとしたか判らない。
そんな小中高校生時代でしたね。
  1. |
  2. 2015/02/23(Mon) 19:36

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